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【旅コラム】大船観音寺(神奈川県・大船)とご朱印

三が日、鶴岡八幡宮の初詣後は、次の予定までちょっと時間が空いたので、大船駅前にある大船観音寺にも参拝させていただきました。電車で大船駅を通過する度に、ちらっと見える大きな観音様。神奈川県民ではあるものの、なかなか参拝する機会がなく、初めての参拝でした。

近いと思うと、なかなか後回しになってしまうものです。(反省)

大船観音寺は曹洞宗のお寺です。全長約25mの大きな白衣観音像(大船観音)が特徴です。その他にも、原子爆弾による犠牲者を弔う「原爆被災祈念碑」・「戦没慰霊碑」など第二次世界大戦による犠牲者を弔う碑や、地蔵尊などがあります。

大船駅西口(静かな方)からでて橋をわたると、大船観音入り口の大きな看板が見えてきます。徒歩で5分程度です。

参道の入り口から、かなり急斜面が見えてきました。思いの外急な坂道をくねくねと登るのですが、これは結構なものですね。(笑)


坂道を登り切ると、山門が見えてきました。

拝観料を払って中へ。拝観料は300円。(だったと思う)
中に入って、観音様にたどり着くまでは、またもや急な階段を登ります。階段を登りながら眺める観音様のお姿も、なかなか壮大なものがありました。

大船観音は昭和4年に地元の有志の発起により着工されました。(昭和2年2月、この国を憂え、この国を護ろうとする金子堅太郎氏、頭山満氏、清浦圭吾 氏、浜地天松氏、花田半助氏らが集い、「観音思想の普及を図り、以て世相浄化の一助となさん」という「護国大観音建立会」の趣意書を作成し、観音像建立費 15万円、付属施設建設費5万円を目標金額とする寄付金の勧募が始まる。ウェブサイトより引用
国を守る護国観音として築造が開始されましたが、その後戦争により中断され、20年以上放置されたのだそうです。戦後、財団が発足され、ようやく昭和35年4月に完成しています。その後、財団は解散され昭和56年以降には、宗教法人大船観音寺と改称され、現在に至ります。

つまり、お寺よりも先に観音像があったということですね。観音像を信仰の対象とするために、あとからお寺が移ってきています。なかなか興味深いですね。

観音様のご胎内に入ると、ちょうど僧侶による祈祷の最中でした。中はあまり広くないのですが、なかなか神秘的な空間でした。大船観音寺でもありがたい御朱印を頂戴いたしました。

大船観音寺(ウェブサイト

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