気仙沼、2匹のサンマと共徳丸




9月の最初の連休に、気仙沼にサンマを食べに行ってきた。

気仙沼の港は、あちこち壊れていたが、
湾は穏やかで、とても静かだった。

3連休だし、サンマの水揚げだし、
観光客で溢れているのかな?と思ったけれど、
思ったよりも人が少なく、ちょっとだけ肩透かしをくらった。

気仙沼といえば、気仙沼復興商店街だ。

地元の有志が立ち上げた仮設の商店街は、
沢山のお店が立ち並び、観光客を迎えてくれる。

商店街付近は、鉄筋コンクリートの建物が多かったのか、
外観を少し残して被災したままの建物が多い。

気仙沼

その中を

お目当てのサンマを食べるため、少し飲食店を探して少し歩いてみた。

ところどころに、再開しているお店がチラホラと見えるが、
サンマが食べられそうな所は、すぐには見つからない。

目的地としていたお料理やさんが、営業時間外だったので、
別のお店を探す必要があったからだ。

そんな中、ヒラヒラとフラッグがたなびく食堂を偶然見つけ、
そのまま、悩むことなく入ることにした。

食堂の暖簾をくぐると、元気で明るいお母さんが迎えてくれた。

もちろん、お母さんも被災していて、今は仮設住宅暮らしだという。



「この3連休は、サンマも水揚げされたから、
沢山観光客きますかねぇ?」

と尋ねると、

「そうねぇ。そう思って、沢山お料理作って待ってるけど、
朝から、あんまりこないわねぇ。
みんなに来てほしいわぁ。
ここの食堂を再開したけど、地元の人は高いからあんまりこないのよ。
工事関係の人は来てくれるけどね。」

と、言っていた。

そうか。

被災した人にとってみれば、外食でお金を使うということは
まだ、あまりしないんだな。

改めて、再開したお店のジレンマも感じた。
その後も、沢山、お母さんは継ぎ目なく話してくれる。

遠く、ヨコハマからきた私を、歓迎してくれているようだった。

「そう、そう、船見た?
陸に打ち上げられた船見てってね。
あれを、そのまま残そうという話もあるんだけどね、
あの船で、家族や家をなぎ倒された人もいるから、
見るのも辛いっていう人もいてね、まだ、どうするか決まってないの。
ぜひ、見てってね。」

と、帰り際にお母さんが言ってくれた。

被災地といっても、いろんな被災エリアがあり、
被害の大小も違う。

被災したエリアの中でも、被災した人としなかった人が混在し、
いろんな思いや苦悩が交錯している。

外からきた私には、その本質は、本当の意味で見えてはいないと思う。



それでも、現地で、色んな人と話をし、
思いや感情の切れ端をいただくことで、
復興とは何なのか?日本の未来をどうしていけばいいのか?
そんな足がかりになることは間違いない。

被災地を訪れると、毎回、こう思うが、
やはり、ここ気仙沼でもそうだった。

お目当てだった、気仙沼のサンマは、すこぶる美味しかった。

お皿に、キュウキュウにのった2匹のサンマを食べていると、
普通の日常で、普通の時間の中にいるようだった。

最近、被災地のツアーが、少し低迷している、とニュースは伝えている。

その理由は、色々あるだろうし、時間の流れとともに、
少しずつ薄れていくのは、しょうがない。

でも、東北(被災地)に行く事で、色んな事を感じる事ができるのは間違いない。

人間の無力さ、自然の強さは、痛いほど感じるけれど、
そこで、生きている人のたくましさを肌で感じ、
「生きる」事をハートで感じるのは、今しかないのではないか?とさえ感じる。

そして、何よりも、豊かな漁場である三陸の、
本場の海の味を旬に味わうという贅沢な旅は、
説明は必要ないのでは無いかと思う。

三陸の海の幸を食べると必ず、
「デフレの正体」の藻谷さんが、
三陸は豊かな漁場があるから、必ず復興できる、
と、テレビ番組で断言していた言葉が、いつも脳裏をよぎるのだ。

ぜひ、雪が降る前に、三陸に行って、
おいしい海の幸を楽しんでもらいたい。

本当においしいから。

陸にあげられた共徳丸。
気仙沼湾
気仙沼復興商店街