ドキュメンタリー映画「うたごころ」




※ドキュメンタリー映画「うたごころ」のレビューです。

 

これまで、数多くの、東日本大震災のドキュメンタリー映画やノンフィクション番組を観てきた。
ノンフィクション映像は、フィクションのそれと異なり、リアルな泣き笑いが画面を通してそのまま表現される。
そして、監督が撮りためた映像を編集するかによって、監督が伝えたいこと、そして、表現したいことが作品として作り上げられ、生の映像の中に、ある種、命のようなものが吹き込まれていく。

 

これまで観たいくつもの震災ドキュメンタリー映画には、様々な角度からの監督のメッセージがあったし、それぞれ違っていて、感じるものも異なっていた。
正直、とかく、大袈裟に災難を表現するものもあれば、涙をさそうシーンが誇張された作りも沢山あった。

 

そういう意味では、この「うたごころ」は、ある意味たんたんとしていて、あまり色がなく、起きたことを、忠実に映像として残した映画であるような気がした。

 

 

震災ガレキが、まだ片付かない南三陸町で、クラブ活動で仲間と歌を歌う女子高生。
ちょっとだけ複雑な生い立ちの彼女は、この震災で、慣れ親しんだ街と家族と一緒に暮らしてきた家を失う。

 

映画は、こんな設定の中、

彼女が失ったものはなんだろう?
そして、失わなかったものはなんだろう?

と、問いかけてくれる作品だった。

 

ドキュメンタリー映画は、監督や撮影クルーと被写体との信頼関係がないと成り立たない。踏み込んで撮影させてもらうためには、お互いがお互いを信じあえるか?という問いが、常についてまわるのだ。

 

そういう意味では、震災直後からの、デリケートな時期に密着した監督と主人公の女子高生の中には、多少の緊張感と打ち解けた雰囲気が入り交じっていて、とてもセンシティブな印象をうけた。

時には多くを語り、時には多く語らず飲み込む。
多感な思春期の女の子が、感情の蓋を開け閉めする様が、純粋で、逆に胸が痛かった。

 

主人公の女子高生は、すこぶるピュアだ。終始、屈託のない笑顔をカメラに見せる。

最近の女子高生は、もっとすれてるはずなのに….、と思うが、まだ、“少女”と呼びたくなるほどだ。

 

 

だからこそ、監督が、この彼女を被写体とした追った理由が分かる気がした。

 

映画冒頭で、自分の生い立ちや母の事を話す時、思わず涙が溢れるシーンがある。

その瞬間まで笑顔だったのに、突然、曇りはじめ、泣き出す彼女の心は、どこにあるのだろうか?と考えてしまう。そして、そのシーンが胸に焼き付いて、最後までそれを引きずってしまった。

 

顔は笑っていても、その何倍ものエネルギーで、心の中で泣いている。
そんな深く、重いものを抱えているような気がしたからだ。

思春期の彼女が、これまで体験してきたこと、そして、目の前に突きつけられた巨大災害の現実を、必死に折り合いをつけようと笑う姿が愛おしいのである。



 

ぜひ、映画をご覧いただき、彼女の屈託のない笑顔には、何が詰まっているのが、映画全編通してみていただきたいものである。

 

 

本作は、まるでフィクション映画のような過剰な演出もなく、ナレーションも少なめだ。見る側が想像しながら進む映画なので、色んな感想を持つだろう。観る人や、その人の置かれた環境でも、きっと感じ方は多様になるはずだ。

さらに、震災から3年を経過した今では、多くの人びとの震災への関心も変わってきているだろう。

震災直後と、今では、直接、被災しなかった我々の心の温度も変わって当たり前なのだから。

 

だからといって、無関心ではいられない。
生きている限り、自然災害のリスクは避けきれないし、物質的な備えや心の備えも必要なのだから…..

 

よって、こういうドキュメンタリー映画をみながら、何が一つでも考えるきっかけになれば、それは、尊いことだと思う。
いつもは、ボランティアなどに触れていないし、被災地とは遠く離れた場所に住んでいたとしても、明日を考える一助になるはずだから。

 

私も、東日本大震災の後は、被災した方々の助けになれればと、ボランティアのような活動もしてみた。今は、自分のペースではあるが、僭越ながら継続している。しかし、震災のボランティアをしているから、被災地の事を良く知っているから、だから、それが凄くて偉いことだとは決して思わない。なぜなら、本当の意味では、当事者で無い限り想いは理解はできないし、その想いは多種多様で、一律に紐付けすることはできないからだ。

 

こういう、謙虚な気持ちをもって震災を捉え、ボランティアでもなんでも活動することが最も大切だと思っている。

 

 

また、震災の映画をみて、必ず、感動しなければならない、ということでもない。
逆に、ことさら、震災を悲劇にみたてる必要もない。

 



ただ、そこに映る人々の生きた軌跡を素直にうけとめ、少しでも自分の心を揺らす事だけでも十分価値のあることだとと想う。

 

そして、映画というものが、その触媒になり得るはずだ。

わたしは、このドキュメンタリー映画「うたごころ」を観て、そうしみじみと実感した。