ブルーの背中に花束を 〜映画『BLUE/ブルー』は愛に溢れたボクシング映画の傑作〜


※映画のネタバレに気をつけてレビューを書いていますが、鑑賞前に全く情報を入れたくない方はご注意ください。

ボクシングとは両手しか使わない
不完全なスポーツ格闘技

現在公開中のボクシング映画、『BLUE/ブルー』の監督である吉田恵輔監督が、映画の興行企画のネット番組で、“ボクシングとは手しか使わない不完全な格闘技だ。”と言っていた。吉田恵輔監督は30年間ボクシングをやっているのだという。そこで出会った人たちをモデルに、この『BLUE/ブルー』という映画を作った。

確かに。

これまであまり考えた事がなかったが、他のスポーツ格闘技などと比較しても、ボクシングは特殊かもしれない。よくよく考えてみたら、手しか使わないスポーツ格闘技とは、あまりにも過酷で残酷ではないだろうか?1対1で向き合い、相手を倒すのに両手しか使えない。

そう考えると、不完全なスポーツ格闘技にほかならない。

しかし、本当の意味でのボクシングは両手しか使っていない訳ではないだろう。頭で、目で、顎で、腰で、脚で。両手しか使えないという制限を補完するかのごとく、全身の機能を総動員して闘っている。

対戦相手の闘い方を分析し、試合中も瞬時に対応する明晰な頭脳、一瞬の肩の動きを見逃さない目、するどいパンチを生み出す腰、打たれ強い強靭な顎、そして、相手の動きを見ながらフットワークを使いチャンスを伺う脚。

拳が生み出すパンチが相手の顔に届くまで、ものすごく緻密な全身の力がものいうスポーツ格闘技である。

しかも、ボクシングとは、常に命と向き合うスポーツ格闘技でもある。

一度油断すると、命に関わる大事故を起こしてしまう。闘う自分自身もそうだが、対戦相手もしかりだ。つねに命と向き合いながら、実に研ぎ澄まされたスポーツ格闘技なのではないかとも思う。


サクセス・ストーリーもなければ
スポ根でもないボクシング映画

現在公開中のボクシング映画『BLUE/ブルー』は、そんなボクシングの内側を描いた作品である。あらすじはこう。

<あらすじ>
吉田恵輔監督によるオリジナル脚本。ボクサーの瓜田は誰よりもボクシングを愛しているが、どれだけ努力を重ねても試合に勝てずにいた。一方、瓜田の誘いでボクシングを始めた後輩・小川は才能とセンスに恵まれ、日本チャンピオンに王手をかける。かつて瓜田をボクシングの世界へ導いた初恋の女性・千佳は、今では小川の婚約者だ。強さも恋も、瓜田が望んだものは全て小川に奪われたが、それでも瓜田はひたむきに努力し続ける。しかし、ある出来事をきっかけに、瓜田はこれまで抱えてきた思いを2人の前で吐露し、彼らの関係は変わり始める。松山ケンイチが主演を務め、後輩ボクサーの小川を東出昌大、初恋の人・千佳を木村文乃、新人ボクサーの楢崎を柄本時生が演じる。ボクシングに情熱を燃やす挑戦者たちの熱い生き様を描いたドラマ。

あらすじを見れば分かるが、本作、映画『BLUE/ブルー』の主人公 瓜田(松山ケンイチ)は、負け続けるボクサーだ。いわゆる、ボクシングで栄光をつかみとる姿を描いたサクセス・ストーリーでもなければ、夢を実現させるために過酷なトレーニングにも耐え続けるスポ根作品でもない。

激しいパンチとは裏腹に、映画の中の彼らは、実に人間味深くて寡黙でユーモアに満ち溢れている。特に、主人公の瓜田(松山ケンイチ)の人間性は、みているこちら側が癒やされるほどに優しくて暖かい。誰よりもボクシングを愛していて、そして誰よりも優しい。それは、まるで母のぬくもりに包まれているかのように暖かい。

誰よりもまっすぐにボクシングに向き合う瓜田の問題は、試合に負け続けているということだけである。

趣味でボクシングをやるのであれば、どこまでも続けられるのだろうが、『ボクサー』としてリングにあがるためには、勝たなければならない世界。そんな世界で、瓜田のその優しい瞳は、”何を見ているのだろうか?”とずっと考えさせられる。


努力してもむくわれない美しい汗

同じボクシング映画で、2016年に公開されたアントワーン・フークア監督の『サウスポー』という映画がある。この作品を撮ったアントワーン・フークア監督も元ボクサーで、リアリティを追求したボクシング描写が話題になった映画だ。主演のジェイク・ギレンホールが数ヶ月におよぶトレーニングをへて、見事なボクサー役を演じた話題作だった。

階級こそ違えど、『サウスポー』のジェイク・ギレンホールと、本作『BLUE/ブルー』の瓜田(松山ケンイチ)のボクシングシーンが重なるところがある。映画『サウスポー』でも思ったが、パンチングボールやスパーリングシーンなど、トレーニングシーンに美しさがあるところだ。

華々しいタイトルマッチの影では、過酷で危険なトレーニングを繰り返し繰り返し行い、その汗の積み重ねが勝利へと導く。

本作『BLUE/ブルー』のボクシングにまつわるシーンも、映画『サウスポー』と同じように、とてもリアリティあるものだから必見である。

吉田恵輔監督自身も30年間ボクシングをやっていて、この30年間でみてきたボクシングのリアルを描き出したのだという。だから、前述したアントワーン・フークア監督の感覚に近いのかもしれない。(邦画の過去作にも、『百円の恋』や『あゝ荒野』など、リアリティに溢れるボクシングシーンを描いた作品もあったが、今回の『BLUE/ブルー』は、さらにリアリティに近づいているのではないかとおもった)

わたしは、ボクシングの試合を実際に生で数回見たことがあるが、広い試合会場の遠くの席から観ていると、打たれた時の痛みというものが、ほんとうは伝わりにくいなぁと思う。もちろん、リングサイドで観れば、その迫力は違うのだろうが、遠くでみているとライブであってもテレビで試合を観ている感覚に近いような気がした。

確かに、パンチが相手に当たっている事は分かっても、その痛みが実感できない。

しかし、本作『BLUE/ブルー』では、パンチがクリーンヒットした時の音やダウンシーンが生々しい。特に、ダウンした時の後ろから撮ったシーンには、『うっ』とこちら側も奥歯を噛みしめてしまうほどのリアリティがあった。ダウンで目の前に倒れてくるボクサーの背中など間近で観たことがない。

こんな過酷なダウンを何回繰り返して、それでもなお、何度も瓜田はリングにあがるのかと、胸にしみてしまった。

何ヶ月も、いや何年もかけて、ボクサーたちはボクシングに対応する頭脳と身体をつくってリングにあがる。試合は数分間の数ラウンドで終わるのに、そこにあがるまでの過酷なトレーニングは、その一瞬の試合を観るだけの観客にはわからないであろう。

映画『BLUE/ブルー』では、そんなボクサーたちの内側を、細やかな人間関係を通して緻密な表現でしあげ見せてくれる。

減量もつらい。トレーニングもつらい。
ただただ、打ち合うだけのスポーツ格闘技なのに、命と直結してしまう。
さらには、努力だけでは報われないものもある。

格闘技とは無縁のわたしには、それでも何故リングに上がろうとするのかは、本当の意味では理解しきれない所はあるのだが、そこで流した汗は、宝石のように美しいということは理解できた。


観客を信じる、役者を信じる

また、本作の見どころは、物語に登場するキャストの演技のすばらしさも見逃せない魅力である。

主役である、負け続けるボクサーには松山ケンイチさん、日本タイトルに最も近い実力派ボクサーに東出昌大さん、ボクシングを始めたばかりのボクサー役に柄本時生さん。すべてバラバラの個性をもつ3人のボクサー役の役者さんが、三者三様、よい演技をみせてくれるのも見どころである。

正直、この作品の3人は、これまでのどの作品よりもかっこよく描いてくれたのではないかと思う。まっすぐで、かつ自然な演技でまったく肩に力みがない。そこで演技しているというよりも、まるで役に憑依して、そこに”ただ存在する”という感じである。

さらに驚くのが、役者である全員が、実際に数年間ボクシングのトレーニングや、実際に厳しい減量に取り組んだということだ。手に触れた時に、実際の食感を感じるようなリアリティを作り出したのは、キャスト全員によるものだった。これは、実に見事だった。

もっとも、これまでの吉田恵輔監督の過去作は、みな自然な演技をする役者ばかりだった。しかし、日常のたわいない風景とは異なり、より専門性の求められるボクシングというシーンでは、この自然さを演出するのは非常に難しいことだったような気がする。

しかし、皆が力むことなく、むしろちょうどよい抜け感を演出した吉田恵輔監督の作家性は、本作ではより強調されていたような気がしてならない。

スクリーンの中で呼吸する彼らというよりも、実際の知り合いの物語のような親近感。だからこそ余計に、そこで息づくキャラクターたちに、心を寄せたくなってしまうのである。

恐らく、それは監督が役者陣を心から信じた結果だろう。
役者たちが、実際にボクシングを体験したり、またボクシングと向き合っている本物のボクサーと触れることで、役柄に対する深い理解が自然の演技を生み出すと信じたのだろうと思う。

また、監督は観客も信じていると感じた。
物語には、3人のボクサーが登場するが、彼らのボクシング以外の背景はほとんど描かれない。家族構成はもちろんのこと、どんな生い立ちなのかなどはほとんど描かれないどころか、彼らの心境さえもセリフで表現されたりしない。ただボクシングではじまりボクシングで完結するだけだ。

彼らの緻密な人間模様を場面で描くことで、観客が推測する立て付けになっている。それでも、要所々々で繰り広げられる場面場面で、彼らの心を推し量ることができた。感情移入して感じる喜怒哀楽は、より深く観客の心に響いていく。

説明をしないという意味では、監督は観客も信じている。


背中の美しさに花束を

ボクシングにおける青(BLUE/ブルー)とは、青コーナー(挑戦者)という意味があるらしい。

さらには、青とは、精神の興奮を押さえ、気持ちを落ち着かせる鎮静色だ。
本来なら、ボクシングという激しく高揚する熱量をもつスポーツ格闘技には、赤が似合うのだろう。しかし、主人公瓜田の背中には、青(BLUE/ブルー)という色が似合う。

どんなに負け続けても、自分の背中を軽々と追い越していく後輩がいても、主人公の瓜田が、その場から離れない理由の本質は理解しきれないが、自分の仕事を、ここまでこよなく愛せるか?と聞かれたら、とても難しいことのように思った。

だから色んな意味で、愛と情熱に溢れた物語だと思う。

終わらない情熱は、瓜田の背中を流れる、碧く深い母なる河のよう。
そしてそこに誰もが、花束をもってエールを贈りたくなる。

映画、『BLUE/ブルー』は、そんなボクシング映画の傑作である。