恋人達を試すのは、いつも生活という現実 〜映画『劇場』レビュー〜


※本ブログ記事は、映画『劇場』のレビューです。ネタバレに注意して書きましたが、映画鑑賞前にネタバレを見たく無い方はご注意ください。

文学的語り口の恋人たちの贖罪

行定勲監督 最新作『劇場』
昨今の行定勲監督作品の中では、特に大きな熱量を感じる映画であった。

最初から最後まで、主役の二人の恋の行く末を案じて眼をそらすことができない。そんなあつくて強い熱を感じながら走りきった作品である。

物語は、山崎賢人さん演じる主役の『彼』のナレーションで綴られる。その語り口は終始文学的で、上質な一つの文学作品の読み聞かせのようである。それもそのはず、芥川賞作家の又吉直樹さんが原作であるのだから合点がいく。

本作『劇場』の原作は、又吉直樹さんが芥川賞を受賞する前から書いていた恋愛小説だという。

それはまるで、息切れするような熱い恋愛でもなければ、周りが見えなくなる盲目的な恋でもない。

ただただ不器用で、ルールの分からないチェスに挑みながら、最後にはコマをすべて壊してしまうような、そんな未熟で未完成な二人の恋愛模様だ。

しかし、二人の姿が未完成であればあるほど既視感を感じ、誰もが味わった事のある、胸の痛みと懐かしい罪悪感が胸をざわつかせる。

そう、映画『劇場』は、文学的語り口で綴られる、かつての恋人たちの贖罪である。知らずに傷つけた恋や、手にすることのできなかった大切なものを、主人公の二人とともに追体験する。実に、文学的な余韻を残す作品ともいえる。


演劇が自分のすべて

山崎賢人さん演じる主人公の彼は、演劇という世界に身を置く青年だ。

生活もままならない状況にありながらも、ひたすら創作活動だけを自分の命の糧として生きている。

簡単に、『夢を追う』なんていう生ぬるい言葉で表現できるものではない。演劇以外のものは、すべておろそかにして生きているのだから、私達の想像する『生活』という概念からかけ離れている。

演劇もそうだが、映画づくりも同じなのだろう。
そして、作家として成功するまでの原作者である又吉直樹さんも、また同じなのだろう。

原作者である作家 又吉直樹さんの作品の世界と、そこで渦巻く主人公の葛藤、そして周りの人々との不調和は、同じクリエイターとして行定勲監督が完全に理解して描いた作品であるように思う。

物書きとしての又吉直樹、映画監督としての行定勲。
二人のクリエイターの心が通じた瞬間が、この映画『劇場』に映像として表現されたように思う。それが、圧倒的な熱量として、見る側に伝播していくあたりは素晴らしい。


変わったのは誰か、変わらなかったのは誰か

ただ、本作『劇場』はとりわけ何も起こらない。

ただ都会の喧騒の中で、彼氏と彼女がであい、とりわけ大きな出来事もなく自然に繋がっていく。そこには、大恋愛が描かれている訳でもない。一部屋しかない狭いアパートの中で生活をする二人の平凡な姿があるだけだ。

だけど、そんな時代を通った人なら、だいたい想像がつくだろう。実は普通の生活とは本当は難しいものなのである。

それぞれが持つ夢や理想、生き方や未来の描き方、価値観の違う他人同士が同じ空間で呼吸するには、あまりにも若すぎるし不器用すぎるのだ。

何かを諦めたり、何かを妥協したり。

沢山ある人生のハードルを、いくつもいくつも超えて倒して、そうしてゴールに向かっていく道を直視するのは主人公の二人には困難だ。そしてこれらは、誰もが感じたことのある普遍的なテーマでありハードルだから妙に共感できる。

ただただ、無邪気に恋をして、ままごとみたいに暮らすだけなら、ある程度の時間は過ごせるだろう。だけど、沢山の季節が巡りくるたびに、現実は不穏な音を立ててくずれはじめ、未来の輪郭が見えずに不安になる。

恋愛するだけでは、どうにもならない現実と向き合わなければならなくなる。

それくらい時間というものは残酷なものなのだ。

前述したとおり、主人公の彼は演劇を中心に生きている。彼の心模様は主人公である山崎賢人さんのナレーションで丁寧に語られる。それは、赤裸々であるゆえに残酷だ。純粋に好きな事に打ち込む主人公の彼は、最も近くにいる彼女との関係性を通して残酷さが際立ってしまう。

一人だけで生きているのならば、ここまで残酷さは見えないだろう。
二人で時間と空間を共有することで浮かび上がる心の声と残酷さなのである。

変わらない彼と変わってしまう彼女。そう、恋人たちを試すのは『生活』という現実なのである。


若き二人の俳優の好演

この作品は、主役の山崎賢人さんと松岡茉優さんの二人だけで話が進んでいく。もはや、二人芝居と言っても過言ではないくらいだ。

そして、この二人の好演が、この作品のクオリティを支えていて、実に見事である。

山崎賢人さんは、もともとの優しく可愛らしいイメージを払拭し、夢だけを追うやさぐれた青年役をしっかり演じきった。
また、相手役の松岡茉優さんは、天真爛漫でありながらも、彼との関係に葛藤しながら壊れていく可憐な女性を演じきっている。

どちらも、これからの日本の映画界を背負っていく若手俳優である故に、見事に役柄と同化して表現できている所は、本当に素晴らしかった。

山崎賢人さんは、身勝手で他人との人間関係の構築ができずに、彼女を傷つけてばかりの彼氏の役所なのだが、どうしても完全ににくめない。繊細で、どこか可愛そうな気持ちになり見守ってしまう主人公の役を、見事に演じていたと思う。

そういう意味では、本作『劇場』の熱量を支えているのは、この主役の二人の実力とも言える。


当たり前の事なんて、いつもできないもの

繰り返しになるが、本作『劇場』に描かれているテーマは、実に普遍的なものだ。

時代は変わっても、いつも恋人たちの前に立ちはだかる理想と現実のハードルの物語である。特に本作は、余計なエピソードを描かずに、二人の関係性と主人公の心情の変化、二人の空間の空気や感情だけを描いている。

だからこそ余計に感情移入しやすく、切なくもあり悲しくもあるストーリーに仕上がっている。

そして、普遍的なテーマ故に、物語はどこかレトロな昭和の匂いも感じてしまう。現代がテーマになっているものの、夢追う青年の姿も、献身的に彼を支える彼女の姿は、どこか昭和チックだ。

だからこそ、どこかノスタルジックでセンチメンタルな感傷に浸ってしまうのだ。

時代に影響されず、いつの時代にもつまづく恋人たちの恋愛模様。

「こうすればよかった」
「ああすればよかった」

たいがい、当たり前の事ができずに後悔するのが恋愛というものである。でも、もがき苦しみながらも、誰かと同じ時間を共有したという事実は、何よりも貴重で何にも代えがたい上質な宝物でもある。

ぜひ、ご鑑賞ください。