映画『岬の兄妹』レビュー 〜主演女優 和田光沙さんに最大級のリスペクト〜




映画を見終わって映画館を出た瞬間に、目に入る風景が茶番に見える作品に出会うことがある。数時間前の自分の価値観が微妙にゆがんでみえ、現実と虚構の区別がつかなくなるような錯覚である。

普段の生活では目に触れない、接することのない世界の物語を目の前に突きつけられた瞬間に、それまでの自分の価値観は役に立たない、無駄なもののように感じ、虚脱感に見舞われるのである。

本作、『岬の兄妹』もそういう類の作品だ。
決してメジャーな監督やメジャーな俳優陣に囲まれた作品ではなく、全国数館ロードショーで始まった地味な映画。
しかし、数々の映画人から、このうえない賛辞を集め、一部の映画ファンの中では話題騒然となっている作品だ。

これは、記憶に新しい『カメラを止めるな!』の大ヒットに通じるものがある。

TV-CMも過剰な広告もないインディーズ映画が、ネットの口コミで評判に評判を集める。これは、実力のある映画監督や作品が、正しく評価されるという、誠に理にかなった社会現象である。

この『岬の兄妹』も、一人でも多くの人に見ていただきたい作品だし、評価されるべき作品であることは太鼓判を押したいと思う。

さて、肝心の映画のレビューに話を移したい。

本作、『岬の兄妹』の監督である片山慎三監督は、超有名な韓国人監督であるポン・ジュノ監督作品の助監督を経験した監督であるという。そして、本作が長編デビュー作。ポン・ジュノ作品を観たことのある人であれば、それに通じるDNDを、本作品でも感じ取る事ができるであろう。

ポン・ジュノ作品に共通する、ドラマ性の巧妙さと、場面場面のシーンの熱量、何よりも主人公たちに完璧なリアリティを吹き込む技術。どれをとっても、『岬の兄妹』も同じレベルの力をもっている。
もちろん、お金のかかりかたやスケールこそ、ポン・ジュノ作品には足りない部分もあるかもしれないが、同じ予算感で比較したら、決して見劣りするものではないと断言できる。

『岬の兄妹』は、脚本も片山慎三監督のオリジナルである。
物語はよく練られているし、物語全体に矛盾も感じられない。

メジャー邦画によくある、リアリティのない人物像とは相反し、徹底してリアリティを追求している。
映画を観ていくうちに、彼らは本当の兄妹に見えてくるし、彼らの苦悩に完全に感情移入してしまう。そして、同時に社会の不条理さや生きていくことの困難さにうちひしがれ、まさに『震えながら生きていけ』という映画のキャッチコピーの文言を、何度も何度も反芻してしまう。

そんなダメージの大きな作品である。
ダメージの大きな作品という点では、すでに一流の映画の証ということが言えるであろう。

それではここからは幾つかのポイントに分けて感想およびレビューを書いていきたい。



まず、役者陣。
もう、これは圧巻としかいいようがない。

主演女優である和田光沙さんは、その演技には文句のつけようがない。
ちょうど、一つの映画を思い出す。イ・チャンドン監督の『オアシス』のムン・ソリさんだ。『オアシス』では、ムン・ソリさんは重度脳性麻痺の女性を演じた。その演技たるや、すばらしいものがあった。あの映画では、重度脳性麻痺の人々を知るために、何ヶ月も脳性麻痺の人と暮らしを共にし親友になったという。それゆえに、彼女の演技には「愛」があふれていた。そして、本作、和田光沙さんも同じ。

自閉症の女性という、難しい役柄を演じたが、当然のことながら差別や偏見など微塵もなく、見事に明るい日差しをあてながら演じきっている。その演技は、一つ間違えると放送事故になってしまう程、繊細に扱うべきだし難しい題材だ。そういう意味では、『岬の兄妹』の和田光沙さんの演技は、完璧といえるのではないだろうか。

次にシナリオ。
86分という短さではあったが、ほとんど無駄のないシナリオになっている。
一つひとつの場面構成は濃密で、どこを切り取っても重たく、胸がかきむしられるような場面ばかり。
そして、すべてにおいて矛盾もなく、すんなり、主人公である兄妹の現実の世界に入り込める。

彼らがどうなっていくのか、その未来を案じながら、いつしか物語に吸い込まれていくようであった。
シナリオの練り方や編集については、ほぼ完璧ではなかろうかと思う。

そして最後に、テーマ。
貧困、障害、犯罪、暴力。
すべては、目をそむけたくなる社会の問題を映画の中に盛り込んでいる。
比較的、多くの問題を盛り込んで作られている。

しかし、それぞれのテーマが複雑に絡み合っている事を、矛盾なく物語にしているので、実にまとまりがよい。
このようなテーマを描く時、『結局何がいいたいの?』となりがちだが、そんな事を微塵と感じさせない、圧倒的な画力と物語の破壊力がある所が本作の素晴らしい所であろう。

最後に、決して、万人うけする映画ではないし、かなり映画リテラシーが必要な作品であることは間違いない。しかし、『万引き家族』があれほどまでに話題になったのだから、それに並ぶ、いやそれ以上のテーマ性を持つ本作は、それ以上に評価されなければ日本映画の未来はない。そう思わせる、上質な作品であった。

ぜひ、映画館で御覧ください。
なお、映画館では『岬の兄妹』オリジナルTシャツを販売(¥3,000)しています。Tシャツの売上金の一部は、障がい者の就労支援を目的とした団体に寄付されるそうです。私も1枚買ってきました。