成人の日。
街は、初々しい新成人の晴れ着姿でうめつくされ、多くの『大人』が誕生する日です。毎年想います。自分が二十歳のころ、私はどんなだったろうか?と。ずっとずっと遠い昔のような気もしますし、ついこの間のことのような気もします。
さらに、成人式の思い出といったら……、初恋の人に再会して胸キュンしたことくらいかな?今となっては、その初恋の彼のことなど、一ミリも思い出さず、こうしてブログに話しの導入として書けてしまうくらいなので、面白くもなんともないのですが。(笑)
二十歳の頃といったら、私は看護学生。
突然起こる色んな事に一喜一憂し、今考えれば、歩き始めの赤ちゃんのような危うさと、社会とか未来とかがよく解らない分、無鉄砲に色んな事に取り組めていた肝の座ったところとが混在した、無邪気な季節だったような感じがします。
少なくとも、毎日毎日、「自分のためだけに一生懸命」でした。
大人になればなるほど、色んな役割が足し算されていって、時にそれは掛け算にもなり、「自分のためだけに」生きていくことはできなくなります。でも、じゃあそれは、悲しいことか?と聞かれるとそうでもなくて、少なくとも漠然とした孤独感はなくなるし、ある程度の予測をしながら生きていけるため、足元が地面にしっかりついているような安堵を感じます。
そう考えると、二十歳の頃は、色んな意味で地面に足がついていなかったとも言えますね。それは、良くもあり悪くもありといったところでしょうか。
看護学生の頃の時代を一言で表すと、よく学び、よく遊んだ、という事に集約されます。
とにかく、学業は大変でした。座学はそうでもありませんが、とにかく病院実習や演習がことごとく大変でした。
よくもまぁ、あんな過酷な日々を、二十歳そこそこの子供がこなすことができたな、と我ながら思います。
もう、怠けることを知ってしまった今では、絶対に不可能ですね。(笑)
看護学生は、学内でのひと通りの基礎学習を終えると、臨床実習のみの学年に入っていきます。
平日は、朝早く起きて電車に乗り、病院に向かいます。『今日は、何の検査があって、患者さんに何をしてあげるんだ。病棟の指導ナースに質問されたら、こう答えるんだ。』先輩ナースに突っ込まれても答えられるように、前の日に勉強したノートを、電車の中で何度も何度も確認します。それでも、朝はとても眠くて夢うつつ。今でも、横浜市営地下鉄が動き出す静かなモーター音を聞くと、あの実習の日々を思い出します。
実習場所では、自分のおじいちゃんおばあちゃんくらいの年齢の患者さんをケアします。医療従事者の立場から、指導をしたり、話を聞いてメンタルのケアをしたり。二十歳くらいの小娘がとても偉そうに見えるかもしれません。(笑)でも、本人たちは、極めて一生懸命。そして、よりプロフェッショナルであること、医療に携わるものとして毅然としていること、を常に求められていました。今考えると、本当に酷な話です。(汗)
看護学生なんて、入学したての頃は、人とのコミュニケーションとはどういうことか?なんて、全く分からない子供でした。でも卒業までの数年間の間に、自分の何倍も年を重ねた大人を、身体的・心理的・社会的側面からアセスメントして看護できるまでスキルを習得するのですから、看護学生は、ものすごいスピードで精神的に大人になっていくのです。
そして、実習では、できない自分に真正面から直面するし、理解できない事象や挫折に、幾度と無くぶち当たります。でも、泣いている暇なんて無く、がむしゃらに乗り越えていました。自分の受け持ち患者の病態や検査内容、治療内容については、事前に学習していかないと、現場で先生や先輩ナースに叱られるので、1日中クタクタになって病棟で実習した後でも、寮に帰ってからも次の日の勉強をしたり、看護記録・看護計画を立ててから寝るのです。座椅子に座ったまま寝てしまい、朝を迎え、「看護記録できてない!」と冷や汗を書くこともシバシバ。(笑)
(あっ。先輩ナースは厳しいけど、ドクターはすこぶる優しかったです。先輩ナースは「仲間」と見てくれていて、ドクターは「学生」と見てたんでしょうね。笑)
そして、バシャバシャと顔を洗い、看護記録と勉強道具を抱え、寒い朝に地下鉄に飛び込んだ日を繰り返し、カリキュラムをこなした後に、大きく巣立っていくわけです。
今思えば、辛い実習の過酷な日々は「辛かったな~」と思い出しますが、その状況下に置かれているときは、『なんでこんなことしているんだろう』とか『もうやめたい』とは思いませんでした。おそらく、そんなことを思う余裕すらなく、目の前に引かれたレールの上を、必死に走る道しかないんだ、と盲目的だったように思いますし、なによりも、早くプロフェッショナルな医療者になりたかったというのが根本にあったような気がします。
改めて自分が置かれた立場を振り返ってたら、きっと続かなかったでしょう。盲目的だったからこそ、遠くにかすかに見える卒業・就職という光しか目に入っていなかったのだと想います。今考えると、あの頃にしかできないことというのが沢山ありました。あれほどの過酷なカリキュラムをこなすこともそうですし、自分のキャパシティを超える課題も、「できないかもしれない」なんて思わずに、軽々と挑んで目標まで突き進むことができていました。
二十歳の頃とは、こんなバイタリティと柔軟性、そして、良い意味での盲目さを持っていた事が素晴らしいと思っています。
今でも思います。
あの頃の険しい山登りがあったからこそ、今の自分の土台があるんだということを。未来の自分への投資を、早い時期にこなしていたような気がしています。そして、あの頃学んだ事、培った強いメンタルは、今でも大きく役にたっています。未来の自分があの時代にいたら、「大丈夫よ。きっとこの先、今やっていることは必ず役に立つから。」と声をかけてあげたことでしょう。
そんなこんなで、私の二十歳の頃の回顧録をまとめてみました。
まぁ、こんなことを書くと、学生時代は学業オンリーの真面目で寂しい季節を過ごしていたの?と思われそうですが、OFFは全く違います。(笑)もちろんOFFでは十二分に遊び、恋も沢山しましたね。出会いも多かったし、寮のお友達もみんな美人ばっかりで、みんな彼氏がいました。二十歳なんて、都会の真中を歩いているだけで数メートルごとに声をかけられるでしょうから、素敵な出会いを沢山積み重ねて、そんなに深刻にならず、素敵な恋も謳歌してほしいな、と想います。
二十歳の季節は、心も体も、沢山の可能性を秘めたキラキラ輝く季節なのです。これから未来を創っていく、新成人にお祝いと期待をこめてメッセージを送ります。