サクラ吹雪が舞うまでに 〜映画『四月物語』に思う桜の季節のトキメキと憂鬱〜


いつからだろう。

サクラの花が、こんなに愛おしいと思うようになったのは。

寒い冬を越えて、そろそろクローゼットの中のセーターが気になり始める頃。「もうセーター着ないかな?クリーニングめんどくさいな。」そんな事を思いながら、ふと窓越しをながめたら、ソメイヨシノの薄桃色が遠くに見える。

早春の知らせは、ほんのり暖かく感じる部屋の気温だけじゃない。この一瞬の季節に咲き誇る、満開のサクラが毎年届けてくれるのだ。

子供の頃、小学校の校庭には沢山のサクラの木があった。みあげた満開のサクラは、まるでベビーピンク色した森のようで、毎年それは、厳しく長く耐え忍んだ東北の冬にサヨナラを告げるフラッグのようであった。だけど、子供心にサクラの木は、それなりの迫力はあったものの、サクラの開花が待ち遠しいほど恋しいなんて思うことはなかったはずだ。

それよりも、校庭のサクラの木は、その姿が新緑にかわり徐々に夏にむかうと、バタバタと毛虫が落ちてきて、「サクラの木は毛虫が好きな木」という印象がつよく木の下を通る時は駆け足になったほど。

そんな程度の思いでしかなかったように思う。

さらに、10代、20代と成長しても、毎年サクラの開花に心が躍る、なんてことは無くサクラにまつわる思い出もさほどない。

なのに、大人になればなるほど、毎年々、美しいサクラを愛でたい気持ちが高まっていく。ほんの数週間だけ咲き誇るサクラのピンクに胸踊らせて、「まだか、まだか」と待ち遠しい。ついに満開を迎えた週末は「どこにお花見に行こうか」と毎年楽しみだ。

幼かった頃と比べて、大人になった今の方が、日々は何倍も何十倍も忙しい。やることが多く、暇な時間などほとんどない。それでも、忙しい合間をぬって、なんとか満開のサクラの風景に包まれたいという思いは年々強まるばかりだ。

こんな想いはどこから来るのだろうか。
おそらく、明確な理由はないのだけれど、サクラの持つ「儚さ(はかなさ)」に美学を感じているのかもしれないと考えている。つまりは、「儚さ(はかなさ)」への憧れに近い。

今、観ておかないと、数日後には桜吹雪となって、この世から消えてしまう。今、観ておかなければ。
まるで、遠距離恋愛している恋人同士が、今、会えなければ、次は1年後になってしまう時の気持ちのごとく切ない。

今、この瞬間の、この煌めきに心を踊らせたい。
今となっては、わたしの中のサクラは、そんな特別な想いを感じる大切な季節の樹木なのかもしれない。


そういえば、サクラの季節に思い出す映画の一つに、岩井俊二監督の『四月物語』という作品がある。岩井俊二監督の1998年の作品であり、67分という短い映画だ。デビューしたての松たか子さんが主役だった。

岩井俊二監督は”undo”(1994年)で長編映画を世に出して依頼、飛ぶ鳥を落とす勢いで、次々と評価の高い作品を送り出している。すべてが高く評価される作品ばかりで、あっという間に有名な監督になった。

しかし、この『四月物語』は他の長編大作作品とは少し風合いの異なる、まばゆいばかりの松たか子さんのPVのような小ぶりでも心に沁みる情緒的な作品である。

そして、この愛おしいサクラの季節に必ず思い出す切ない春の物語なので、折角、サクラに触れているので感想をかいておきたい。

<あらすじ>
生まれ故郷の北海道・旭川を離れて東京でひとり暮らしを始める楡野卯月(松たか子)。桜の花びら舞う4月に大学進学のため上京した彼女にとっては毎日が新鮮な驚きであり、冒険だった。だが、彼女がこの大学を選んだのには人に言えない“不純な動機”があった。上京したばかりの女子学生の日常を優しく瑞々しいタッチで描いた作品。

『四月物語』を観て、まず一番最初に思うのは、こんな風に日本の女性を美しく描ける監督は少ないよね、と感じることだ。

映画全体の色彩はじめ、すべての描写とまなざしが優しい。

映画の冒頭のさくら吹雪。
そしてラストの大雨。

スクリーンの中で、主人公に降り注ぐ「もの」が変わる事で、主人公である彼女の感情の起伏が美しく表現されている。

特に色彩が絶品である。

映画全体は優しいサクラ色に染まり、ほどよく薄い水色が混じる。
主人公のやわらかなスカートや、歩道橋、引越し業者の作業着などが、薄いブルーで表現されている。

春という季節は、多くの変化と多くの希望が芽生える季節である。卒業と入学、そして就職や移動転勤。新しい環境で新しい人間関係の中に飛び込んでいく季節である。ワクワクする反面、知らない土地や知らない人との新たな出会いは、心をざわつかせる。大きな変化は、ほんの少しの憂鬱も一緒につれてくるものである。

(わたしも、ご多分にもれず、進学や就職、上京した頃のドキドキと不安だった気持ちが走馬灯のように蘇った)

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本作品の色彩がかもしだすやわらかな透明感は、上京してきたばかりの素朴な彼女の、大きなドキドキと、ちょっとだけの不安と憂鬱が色となって表現されているようだ。

素朴で無垢な彼女。
サクラとは新しいトキメキと少しの憂鬱の二つを同時に感じさせる、唯一無二の季節の風景なのかもしれないと思わせてくれるのだ。

それゆえに、ラストにかけての溢れんばかりの感情の描写は、観ている人に感情移入させ、主人公の体を濡らす雨の温度まで伝わってくる。

岩井俊二監督の描く『四月物語』は、わたしたちが恋してやまない、サクラ咲く季節の私たちの心のトキメキと憂鬱を思い出させてくれる。

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今年も、日本にはやわらかく儚いベビーピンクのサクラが景色をジャックした。

どこにいっても、誰から言われた訳でもないのに、同じタイミングでサクラの木々が花をつけて、わたしたちの心を魅了する。

サクラは、自ら花を落とすまでは、どんな強風が吹いても花は落ちないという。強い風にうたれながら、ゆらゆらと風にゆだねて花びらが咲き誇る。その美しい花びらが桜吹雪になったとき、また今年もサクラの季節が終わった憂鬱がやってくる。

その時に、後悔しないよう、お腹いっぱいサクラを愛でるのだ!