キューリの味


先日、岩手の遠野に訪れた時、
道の駅で、地元のお野菜を買った。

道の駅は、
朝採りで新鮮なお野菜を
格安で販売しているのが大きな売り。

しかも、都会のスーパーに比べると
かなり安い価格で買える。

遠野の道の駅では、
地元のキューリなどの野菜を買って帰った。

キューリを洗い、ストライプ状に皮をむく。
一口サイズにカットしたら、塩とダシを加えて
ビニール袋の中で、軽くもんで冷蔵庫に寝かした。

30分もすると、軽い浅漬けになる。

キューリを食べたら、とても懐かしい味がした。
子供の頃に食べていた味であり、
きちんとしたキューリの味がした。

その時に、思った。

いつも食べているキューリの味とずいぶん違う。
新鮮な遠野のキューリと比べると
いつもスーパーで買っているキューリが
大分、味気ないものに感じてしまった。

もちろん、日頃から、
「キューリの味がしない」
なんて、不満足感を感じる事はない。

新鮮で奥深い味わいを食べて、
比較してはじめて、その違いに気づくのだ。

つくづく、
味覚とは記憶なんだろう、と思う。

あの時食べた味、
あの時味わった満足感、

それを脳が記憶しつつ、
新しい記憶を刻み続ける。

こうして、おいしいキューリを食べると、
このキューリの味は、これから比較されるようになっていく。

「あの時の、キューリはもっと水々しかった。」
「あの時の、キューリはもっと甘かった。」

などなど。

野菜のおいしさなどは、
きっと、繊細な味覚なんだろうから、
すごく、繊細に比較し続けていくのかな?と思った。

スパイスなどでごまかされない
野菜そのものの美味しい味を感じられる
繊細な味覚を維持できるように、
おいしい野菜を食べる事に目をむけていきたい。

安いお野菜も結構。
スーパーでお野菜を買うのも結構。

でも、時々、
日本の農家が作る、地元の新鮮な野菜を
味をかみしめながら味わってみるのも
かなり、素敵な事ではないか、と思う。

日本の農業について、
私たち日本人が、真剣に考えなければならない
時が近づいているのだから。