ソーシャルなわたし


私は毎日、
ソーシャルメディア(以下、ソーシャル)を使って、情報発信をしている。

私のソーシャル暦は、まだ1年半くらい。
その前は、ブログは何年間も続けていたけれど、
他のメディアは、最近始めたばかり。

最初はTwitterがきっかけだった。
その後は、Facebook、Google+、
そして、Facebookページに、Tumblr 。

最近では、NAVERまとめ。
それぞれ、色んな特徴があり、色んな世界が見えてくる。

ブログしかやってなかった頃、
私の情報は一方通行だったと思う。
コメントも禁止していたし、
自分の書いた記事に、誰かが感想を寄せてくれるわけでもない。

時々、お客様が『ブログ見たよ』と
声をかけてくれる程度のものだった。

しかし、ソーシャル漬けの今は違う。

ブログを書いたら、複数のメディアからアナウンスできるし、
その反応もバラエティにとんでいる。
共感してくれるだけでなく、記事をシェアしてくれる。

なんと感動的なんだろう。

日常の仕事は、価値と価値の交換だ。
提供する価値の対価を受け取るのがビジネスだし、
そこには、様々な駆け引きが必要な場合もあるし、
線引きをしなければならないこともある。

でも、ソーシャルの世界はちょっと違う。

明確な直接的なメリットもないのに、
お互いがお互いに交わり、良い刺激を与え合う。

人はこれほどまでに、
シェアしたがり、
共感したがり、
議論したがる生き物なのか、

と、正直ビックリした。

私は、仕事に関連して利用するものでなければ、
これほどまでにソーシャルを使いこなすことはなかったろう。
現に、趣味や個人的なソーシャルアカウントは、一切持っていない。

しかし、きっかけは仕事利用だったとしても、
ソーシャルの世界そのものは、
個人と個人をつなげる世界に見える。

個人の延長に仕事があり、
その延長上に会社組織があるんだと実感する。

個というものの価値を、
改めて実感するようになった。
これが、私とソーシャルの関係だ。

それまで、
自分から仕事や役割を取ったら、
どんな自分が残るのだろうか?
などと、考ええもしなかった。
他人にどんな風に見られているのだろうか?
なんてことも、考えてみなかった。

ソーシャルを続けてみて、
こんな事をまじめに考えてみたりしている。

いまや私にとっては、
「わたし」 というものを見つめることができる、
魅力的なツールになってしまったのだろう。