被災地の今


※先日、三陸沿岸の被災地をまわってきました。
その時の事をまとめました。

南三陸町の朝日

三陸の海岸線を車で走ると、
どこまでも、どこまでも、津波被害の建物が終わらない。

岩手県の宮古市から、三陸海岸沿いの国道を
ゆっくり南下する。

宮古、釜石、大船渡、気仙沼、大槌町、陸前高田、南三陸町、石巻。

テレビを通して、被災地を見続けてきたけれど、
震災から半年経つ被災地は、直後の姿と大きく変わっている所もあれば
まだまだ、復旧のめどがたってない所など様々だった。

地元を観光し、お金を落とす事と、
現在の、被災地の現状を自分の目で確認したかったため、
この9月のシルバーウィークは被災3県に行く事を決めた。

震災後は、一度、5月のGWの時に宮城県を訪れた。

仙台市の沿岸部や石巻の被災地を見た時は、
言葉にならなかった。

半年経って、その姿は大分、復旧の兆しも見えたが、
被災地の復旧状況にばらつきがあり、
まだまだ、私たちは、被災地支援を忘れてはいけない
現状にあることを痛感した。

【被災地の現状】

①宮古 田老町

(写真)→ http://p.tl/CO3W

世界一の防潮堤を超えて押し寄せた、田老町の津波被害エリア。
だいぶ、建物が解体され、いくつかの鉄筋建物だけが残っていた。
海側には、高くつまれた瓦礫と車。
更地になった後、どのような防災の街を作るのだろうか?
と、しみじみ思った。

②釜石

(写真)→ http://p.tl/E-D8

釜石大観音が釜石の海を見下ろしていた。
静かできれいな釜石の海。
残された建物も多かったように感じた。

③大船渡

(写真)→ http://p.tl/lx8S

大船渡は割と大きな街。
大規模の店舗も多かったようで、解体前の建物がまだ沢山あった。
道路も広く、すべての瓦礫が撤去されたら、
どれだけ広い更地になるんだろう。

④陸前高田

(写真)→ http://p.tl/8P0v

陸前高田は、テレビでみるよりも
ずっとずっと、被災エリアが広いように感じた。
遠くに、奇跡的に残された1本松が見えた。
さえぎるものが無いため、遠くからでもすぐ分かる。
「奇跡の1本松」とか「希望の松」と呼ばれている。

⑤南三陸町

(写真)→ http://p.tl/ytAx

南三陸町の志津川地区も、何も無くなっていた。
でも、震災後に建てられたように見える
きれいな水産関連の会社が営業をしていた。
宿泊したホテルから、被災地が遠目に見えた。
夜になると、明かりがまったく灯らず真っ暗だった。
しかし、南三陸町の朝日はすばらしかった。

⑥石巻

(写真)→ http://p.tl/r4VR

これまで見てきた被災地の中で、もっとも大きな都市。
日和山公園から見る被災地の姿に呆然とした。
街の中は、ところどころ信号が止まっていて
警察官が交通整理をしていた。
大分、がれきの撤去が進んでいたが、商店などは
シャッターが閉まっていた。

これだけ回っても、見られたのは被災地の一部だ。

私たちが知らない、被災地の現状も沢山あるだろうし、
被災した方々の心の痛みにも触れる事はできていない。

でも、
大事な事は、一緒に考え、一緒に前に進めるよう
何かに取り組むことなんだと思う。

そのためにも、被災地を目で見て、その空気を感じて
被災地を忘れない事が、本当に大切だと思った。

だからこそ、是非、多くの人に東北に行って欲しい。

目で見て、空気を感じると、
「何かしなければ」という気持ちにかられるはずだから。

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