誰かにしかけられた未来


雨上がり

何年か前に、脳科学者であるドクター苫米地の
講演を生で聞いた事がある。

そのときの苫米地先生が言った
ある言葉が、妙に心に引っかかった。

『未来は見えないのだからゴールなんて設定できない。
 もし、ゴールを設定しているのだとしたなら
 それは、誰かに仕掛けられたゴールだ』

この言葉の裏付けはこうだ。

自我は、それまでの情動記憶で作られていく。

「情動」には、
特定の事物、事象からの刺激によって、
身体的、精神的存在としての自己が勇気づけられて、
喜びや楽しさが生じる「快情動」。

身体的、精神的存在としての自己が脅かされたとき、
不安、怒り、恐れなどが生じる「不快情動」。

この2つがあるという。

今、自分が置かれた状況を情動評価するとき、
過去の記憶が大きな影響を与えるそうだ。

つまり、自我は、
こんな情動記憶の積み重ねが作っていく物で、
それまでに体験した「情動」が
大きく影響される、ということ。

うれしい、とか、
かなしい、とか、
くるしい、とか、
くやしい、とか。

日々、体験している情動の変化は
いずれは、
自分自身を作っていくものなんだということだ。

そして、

情動を大きく、前後左右に揺らしながら

いつの間にか、自分の未来のゴール設定まで
影響されていく。

自分で決定したかのように思える
未来のゴール設定だって、

自分が触れた、様々なものに
影響されて形作られているということなのだ。

でも、それは、とりわけ恐れる事でもないだろう。

日々、自分の未来にプラスになる
事柄、人物、情報、環境に触れれば
きっと、納得いく未来のゴール設定ができるだろうから。

どんな事柄に「情動」を揺らされているか、
客観視してみるのも面白いかもしれない。

知らない間に、自分の未来は仕掛けられているかもしれない。