長崎に祈りを〜長崎原爆の実相を世界につたえる多元的デジタルアーカイブズ Nagasaki Archive〜


昭和20年8月9日 11時2分。
この日、広島に続き2発目の原爆が長崎に投下され多くの方が命を落とした。

明日は66回目の『長崎原爆の日』。

今年は、長崎市の平和公園で開かれる長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に、原爆投下国の米政府代表としてズムワルト首席公使が初めて出席するそうだ。

毎年、毎年、この日がやってくる。

この日は、戦争を知らない私達にとっては、被爆者の方々の痛みを共感し、そして二度と同じ悲劇を起こしてはならないと、心に刻み祈る日だ。

私は、広島と長崎のそれぞれの原爆資料館にいった事がある。シーズンオフに行ったせいもあるだろうが、とても、とても静かな空気を感じた事を思い出す。

そこで感じたのは、

私たちにとっては、年に一度、原爆の日に原爆や核の事を考える程度だが、戦争や原爆を体験した方々、または、そのご家族の方々にとってみれば忘れる事ができない記憶だろうし、忘れたくない記憶だろう、ということだった。

毎年、この原爆の日の前後ではテレビなどで番組の特集が組まれ、沢山の被爆者の方々の生の声をお聞きする事もある。

しかし、年々、戦争体験者や被爆者の方々は高齢化しているのだ。

今はまだ、ぎりぎり被爆者の方々の生の声を聞き、原爆の悲惨さや原爆の愚かさを肌に感じる事ができるが、近い将来、被爆者の方々がお亡くなりになってしまったら私たちは、その声さえ聞けなくなってしまうだろう。

そうなったら、

未来に生まれる子供達は、本当に、遠く遠く、遥か昔におきた原爆の事をどれだけリアルに感じることができるだろうか?忘れ去られるだけでなく、核に対する認識までも変わってしまわないだろうか?

私たちでさえ、こんなに無関心でこんなにも人ごとのように感じてしまいそうになるのに….。

最近では、そんな事を強く感じるようになった。

そんなとき、ちょうど一年前に私はこんなサイトを知った。それが「Nagasaki Archive」。

Google Earthを用いた多元的デジタルアーカイブズで、長崎の地形を立体的に俯瞰しながら、(1945年8月9日)実際に被爆した場所と被爆者の写真と体験談を関連付けて閲覧できるものだ。

被爆直後に撮影された写真と現在の写真を重層表示し、被害の様子、その後、復興を遂げた長崎の様子を、時空を越えたかのように体感することができる。

首都大学東京の渡邉英徳准教授と学生たち、広島女学院高の矢野一郎教諭と生徒たちとが協力して制作されたものだそう。ここまで作り上げるには、本当にご苦労の連続だったことだろう。本当にすばらしいコンテンツに仕上がっている。


繰り返し繰り返し観ることができる、そこで生きた人々の原爆の記録である。
戦争を知らない、次世代を生きる私たちは、こんなツールの手助けを借りながら、

「忘れない」
という責務を負っている。