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【書籍レビュー】「だいじょうぶ3組」「ありがとう3組」

先日、乙武 洋匡さんの小説、「だいじょうぶ3組」と「ありがとう3組」を読んだ。

「だいじょうぶ3組」は2010年に書かれた小説で、
「ありがとう3組」は、今年出版されたその続編だ。

どちらも、赤尾慎之介という、手足の無い小学校教師が主人公で、
5年3組の28人の生徒との、教育現場での出来事が小説として描かれている。

主人公の赤尾先生は、乙武氏本人だろう。

小説に出てくる子どもたちとのさまざまなエピソードは、
乙武氏が、実際の教育現場で体験した事ばかりだとおっしゃっていた。

それは、本編を通して読んでいて、しみじみ伝わってきた。

なぜなら、子どもたちと先生との反応が、すごくナチュラルだからだ。

妙に美化された美談のように描かれてもいないし、
子どもたちの言葉や息遣いは、リアルに使わってくる。

だからこそ、小さな子どもと先生のエピソードに
ポロポロ涙がこぼれてきてしまう。

1作目の「だいじょうぶ3組」は、
主人公である赤尾先生が、5年3組の担任になることから始まる。

電動車イスにのる手足の無い担任教師を目の前に、とまどう子どもたち。

でもそこから、赤尾先生と子どもたちの暖かくも切ないストーリーが
一つ、また一つと奏で始めるのだ。

赤尾先生は、両手両足が無く、一人でできないことがいっぱいある。
だから、色んな人に助けてもらってる。

そんな赤尾先生を、一生懸命助けようとする子どもたち。

そんな姿を見ていると、ふと我に返る。
そうだ、私たちだって、決して一人でなんか出来ないことばかりで、助け合って生きてる、

だから、人は、だれかの力になりたいという、本能みたいなものがあって、
それが生きるエネルギーになっているのだ。

そして、

誰かの役に立っている、
誰かに必要とされている、
を感じることで自己肯定感を持てる自己を形成していく。

本編を通して、赤尾先生と子どもたちの触れ合いから
そんな事を再認識されられた気がした。

どうしても、「大人は子供より強いもの」という固定概念でみてしまいがちだが、
実は、子供には子供の強さがあり、それを伸ばし、支え、育んでいくのが大人の役割なんだろう。

実は、

1作目の「だいじょうぶ3組」という著書のタイトルに、
読み始める前は、ちょっとだけ違和感を感じていた。

何が「だいじょうぶ」なんだろう?
学級崩壊でもしているクラスの子どもたちとの出来事なんだろうか?

….という感じで、「だいじょうぶ」の前につく言葉がなんなんだろう?と思いながら読み始めた。

でも、読み始めてすぐに、タイトルが「だいじょうぶ3組」である意味がよくわかってきた。

「だいじょうぶ」というコトバは、
大人が子供を信じて、大人が子供の可能性を信じて、
いつでも、なにかあったら大人が支えてあげる。
だから、自分の足で一生懸命生きなさい。という心の掛け声みたいなものだった。

それは、
子供が成長していく時に、

怪我しないように、壁にぶつからないように、傷つかないように、
大人が子供を保護しながら道を作ってあげるのではなく、

ちょっとぐらい怪我しても、壁にぶつかっても、傷ついても、
大人が、その傷の癒し方、治し方、壁の壊し方のヒントを与えながら、
自分の力で、その道を切り開いてゆけるように
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と支え、育むために、とても大切な言葉なんだ、と心底実感した。

曲り道を迷ったら、選ぶヒントを与え、
掘り方がわからなかったら、その掘り方を教える。

それこそ、大人だからこそできる事なのだろう。

わたしも、 相手は看護学生だが、教育を学んだ時期がある。

その時に、教育概論だの、教育発達学だの、様々な学問を学んだが、
その多くは、座学での話であり、実際、教育の現場で学んだ事の方がはるかに多い。

でも、わたしの耳を駆け抜けていった座学の講義の中で、
ある教育学の先生が言っていた言葉だけは鮮明に残る言葉がある。

「子供は大人の気持ちなど分からない。
でも、大人は子供の時代を通ってきているから
子供の頃の気持ちを知っている。」

この一言は、その後、私が教育に携わるときの大きなヒントとなった。

この視点は、教育現場だけでなく、子育ての現場でも言えることだと私は思っている。

「だいじょうぶ3組」
「ありがとう3組」

これら、乙武氏の著書は、子育て世代の大人に読んでいただくことをおすすめする。

でも、本編通して読んだ後、

「そうは、言っても。赤尾先生だからできたことよね〜。手足が無いんだもの」と思うのはナンセンスだ。

この小説に書かれていることは、
赤尾先生だからできたこと、赤尾先生しかできないことではあったが、

その裏には、赤尾先生じゃなくてもすべての大人ができる事の法則論が浮き彫りになっている。

そこを多くの人が、色んな視点で感じ、議論し、考えてみると
とてもおもしろいのではないか?と私は思う。

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