映画『スリービルボード』レビュー 〜それでも、行き場の無いやるせなさの出口は何処に〜




白か黒か。
善か悪か。
正義か不正義か。

世の中はいつも、オセロの駒をどちらかに返そうとする。
返ったオセロの駒の数で、そして勝利を実感するまで、やらないと気がすまない。

そして、自分の事ならまだしも、見知らぬ誰かの代理戦争までやってのけるのだから、世の中は忙しい。

しかし、皆、裏返ったオセロの駒の色まで吟味しない。そこには、白や黒だけではなく、様々な色がマーブル状に溶け込んで、誰にもジャッジできない深みがある。誰にも裁けない、誰にも理解されない、そんな複雑な色を眺めながら、私たちは人間というものを考えていく。

『スリービルボード』は、アカデミー賞の前哨戦である、ゴールデン・グローブ賞で作品賞、脚本賞、主演女優賞を受賞した作品。今年のオスカーの目玉作品である。

沢山の賞を受賞しただけあり、その秀逸な脚本と丁寧な台詞回し、分かりやすく感情移入しやすい場面描写は、文句の付け所がない秀逸な作品であった。

登場人物のキャラクターは練り込まれ、それを見事に演じてみせた俳優陣。多くの賞を受賞したのが頷ける。

米国のミズーリ州の片田舎で、殺された娘の未解決事件の警察の責任を追求する3枚の野立看板広告(スリービルボード)を立てた母親の話である。そこにかかわる地元警察の面々と広告代理店のオーナー、そして息子や元夫などとの関わりを、丁寧に描写することで、関わった人びとの苦しみや怒り、そして、米国社会の縮図を投影した物語になっている。

ゴールデン・グローブ賞で脚本賞を受賞した実績のとおり、とにかく脚本が秀逸である。
台詞の一つひとつは、登場人物の背景や浮かび上がるような構成になっていて、物語を進行させていく上でも良い働きをし、すこぶるスムーズに進行していく。

人種差別と警察組織の問題は、実にやるせないのだが、結局、行き場のない怒りとやるせなさだけは、最終的にも行き場がない。個人的には、とても面白かったし非の打ち所のない映画であることは間違いないのだが、結局、母親の苦しみと自分に対する怒りだけは昇華できず不完全燃焼の後味が残った。

人種差別や人権問題のメッセージ性は、あまり感じられず、結局、最初に感じた事件への悲しみと怒りと切なさの感情の整理の仕方が分からず、感情の行き場がなくなってしまった。

本作品を観て、白か黒か決着つけるようなものではなく、それぞれの立場で罪を赦し、怒りを鎮めるお話では合ったとは思う。しかし、やはりどうしても、モヤモヤした色のオセロを、まだ返したくなる衝動にかられてしまった。

基本的に高評価される作品であることは間違いないが、反面、どうしてもモヤモヤしてしまう人もいるのではないかと思う。そしてそれは、女性側ではないのかと思う。



●映画 スリービルボード オフィシャルサイト