映画『デトロイト』レビュー 〜It Ain’t Fair〜


目次

  1. 米国におけるブラック・フェイス
  2. デトロイト暴動、アンジェモーテルでの事件
  3. 圧倒的な臨場感
  4. 普遍的な問題『差別』について



米国におけるブラック・フェイス

先日、ある民放のバラエティ番組で芸人さんが顔を黒塗りして笑いをとった事が『差別につながる』『そんなことない、ただの笑いだ』といった類の論争が、ネット上で沸き起こった。
私は、番組を観ていないし、何を論議しているのか分からなかったので、その論争には加わらなかったが(笑)、日本国内における差別や偏見という視点に一石を投じるような論争であった事は間違いない。

 

様々な立場の人が、あーじゃない、こーじゃないと、叫んではみたものの、何か結論が出るわけでもなく、何となく収束したが、恐らく今後は、少なくとも地上波TVで顔の黒塗りというパフォーマンスは無くなるだろうな、と密かに思った。

 

この、日本でも問題になった顔の黒塗りは、米国では『ブラックフェイス』と呼ばれ、黒人ではない人が黒人を演じるために施すパフォーマンスで、19世紀に流行したもの。黒人を揶揄したもので、1960年代に入りアフリカ系アメリカ人公民権運動により終焉したのだという。
だから、米国人にとっては、ブラックフェイスは人種差別を表す、絶対やってはいけないネガティブな表現方法である。

デトロイト暴動、アンジェモーテルでの事件

そして、本作『デトロイト』も、1967年におきたデトロイト暴動のさなかに起きた、あるモーテルでの銃撃事件を描いた作品である。
デトロイトの暴動については、なんとなく知ってはいたものの、正直、そのディテールは良く知らなかった。さらに、本作品が取り上げたアルジェ・モーテル事件については全く知らなかった。
(デトロイト警察と黒人宿泊者との間で起きた銃殺事件の話)

 

最初、本作品の内容を知らなかったので、てっきりデトロイト暴動の全体像を取り上げているのかと思った。しかし、アルジェ・モーテルシーンがあまりにも長かったので、『なるほど、この一部分を切り取った映画なのか』と途中で気づいた。(笑)

 

確かに、白人至上主義と黒人差別を描くのであれば、小さく切り取った方が濃厚だし、映画の持ち味がハッキリする。そういう意味では、非常に成功した映画だと思う。

 

実際の事件を、関係者からのインタビューで綴ったものなのだが、実際に、映画の公開で明らかになった事実はあるのだろうか?米国人であれば分かるのだろうが、そのあたりの知識不足が、なんとも歯がゆい。



圧倒的な臨場感

映画全体は、さすが『ゼロ・ダーク・サーティ』の監督作品だ。臨場感の出し方や静と動の使い方がうまい。シナリオの運びも分かりやすいし、正義を振りかざすような描き方ではなく、描いた光景から、観る人に考えさせる構成になっているところも好感が持てた。

 

ハリウッド映画は、本当にこういう所に優れている。

 

本映画の中には、普遍的なテーマとしての『人種差別問題』と『暴動』という2つの社会問題が含まれていると思った。
人種差別という意味では、比較的単一民族の日本人のそれとは、米国におけるそれとは大分異なるだろう。

 

しかし、人種に限らず、差別意識というものは、大なり小なり人間の心にはびこっているものであり、それを否定する事なく、俯瞰で考えていくべき人間の問題である。だからこそ、どれにどの程度の差別意識があるのか、そして、どこをどのように変えれば、アンフェアにならない社会になるのか、そんな論理的な議論を、過去から現在、そして未来永劫考えていかなければならないテーマである。

 

それを、このように激しい事実として見せつけられると、否応なしに考えさせられる。

 

そして、もう一つの問題『暴動』。
話し合いではなく暴力で訴えざるを得ない状況と、それが自然に増長してしまう暴力の連鎖。

 

半世紀経った後でみると、『暴動で訴えるのではなく話し合いで!』と外野は思うだろうが、当時の黒人の人たちからすれば、フェアな話し合いなど持つこともできなかった。まさに、無抵抗なまでの議論なき暴力は、深い悲しみさえ感じてしまう。



普遍的な問題『差別』について

遠く離れた島国という日本において、この時代の黒人差別については、だいぶ異国の遠い空で起こっている出来事のように思う。
しかし、白人至上主義 VS 黒人というものは無くとも、形を変えて差別的な問題は潜んでいる。

 

だから、遠い異国の昔の物語ではなく、今を生きる私達の汎用的な問題として考え続けなければならない問題であろう。人間には、必ず、こういう感情を持ち合わせた生き物なのだから。

 

そういえば、ちょっと話は変わるが、日本における『暴動』という意味では、大阪の西成暴動が頭をちょっとよぎった。
大阪のドヤ街と呼ばれる西成地区で、低所得層の労働者達の立ち退き問題で起こった大暴動。

あれからだいぶ立ったが、今大阪の西成地区は、美しい街へと蘇り、かつての生活保護者(低所得者)は、街の美化に携わる仕事などをして生き生きと暮らしているという。

子どもたちが安心して遊べなかった公園もできた。
その背景には、元橋下市長はじめ、おおさか維新の会と経済学の専門家による、地元住民との徹底的な話合いがあったということを、NHKの番組で知った。

デトロイトの暴動と日本の暴動は、かなり性質の異なるものではあるが、怒りを鎮めるものとして『話し合い(議論)』が成果を出したということに、なんとなく明るい光を感じたりする。

ぜひ、劇場で御覧ください。