特別史跡 登呂遺跡(静岡県)〜弥生時代の竪穴住居群〜




目次

  1. 登呂遺跡公園
  2. 静岡市立登呂博物館
  3. 弥生時代と縄文時代

先日、静岡県にある弥生時代の竪穴住居群、特別史跡 登呂遺跡に行ってきました。登呂遺跡は、弥生時代の集落・水田遺跡で、全国的に有名な史跡です。

登呂遺跡は、日本が戦時中だった昭和18年の軍事工場建設の際発見され、現在は、登呂公園として整備されています。公園の敷地内には、当時の竪穴住居などが復元され、また、同じ敷地に静岡市立登呂博物館が建てられています。(静岡県指定文化財に指定されています。)

『登呂遺跡』という名前は知っていたものの、わたしは初めて訪れました。

竪穴住居群

登呂遺跡公園

登呂遺跡は、静岡県駿河区にあります。思いの外、住宅街の真ん中にあるので、ちょっと驚きました。遺跡群の奥には、普通に住宅が広がっています。

登呂遺跡とは、安倍川の洪水時に押し流された土砂が堆積し、自然に形成された堤防の上に造られているそうです。弥生時代、この村には、住居12棟、高床倉庫2棟が建っていたと推定されるそうで、さらに、その南に水田がつくられていました。

竪穴住居

これが竪穴住居(復元)です。昭和25年に発見された住居跡で、住居内は6メートル程度の楕円形になっています。土台は盛土がされた上に建っていて盛土の周りには杭と土留めが施されています。基本的に4本の柱で扠せられていて、家の中央には炉があったとされています。

また、家の周囲には排水口の溝が作られていて、家の中への水の侵入を防いでいたと考えられています。この時代から、排水口のシステムがあったなんで『スゴイなぁ〜』と思いました。

竪穴住居
竪穴住居

復元とはいえ、その構造はしっかりとしたもので、弥生時代に、これほどまでの建築様式を実現していたのかな?と思うと、とても不思議な感じでした。竪穴住居の中には入ることができますので入ってみたら、思いの外温かく、こちらもびっくり。

もちろん、当時は、もうちょっと簡素化されていたとは思いますが、住宅の基礎は、今も変わっていないような気がします。

雨風をしのぐだけでなく、採光や換気なども考慮されています。

高床式倉庫

こちらは、高床式倉庫。弥生時代の住居といえば『高床式倉庫』。学校で習ったので知ってますよね。弥生時代に穀物などを入れる貯蔵庫です。高床式倉庫の中には穀物が入っていて、カビや乾燥から守るよう高床式になっています。

また、ネズミがはいってこないように、建物の脚の部分には、ネズミ返しがついていました。昔の人はすごいですね。

祭殿

こちらは祭殿。宗教的な儀式が行われていたとされる建物です。今で言うところの、神社仏閣でしょうか。これも高床式になっていて、高床式倉庫よりも立派な作りになっています。

この時代から儀式のようなものがあったのですね。

ここは、登呂遺跡公園内の一角です。この日は、ちょうど暖かな日で、とても気持ちよかったです。公園内にはいくつかベンチもありますので、ベンチに座っている人が数人いらっしゃいました。


静岡市立登呂博物館

この後は、公園内にある静岡市立登呂博物館に行ってみました。

静岡市立登呂博物館には、竪穴住居や高床式倉庫、祭殿の復元があって、実際に、その中に入って学べるようになっていました。小学生くらいであれば、親御さんと一緒に、弥生時代について学ぶことができます。

座学で教科書だけで学ぶよりも、リアリティがあって良いと思いますよ。

下記の写真は、土器パズル。
弥生式土器を、パズルのように積み上げて完成させていきます。隙間があると水がもれてしまうので、ピッタリとパーツを合わせなかければなりません。地味ですが、意外にはまります。こういうのを完成させないと気がすまないタチです。

当然のごとく、チャレンジしました。

土器パズル
土器パズル

無事、完成しました。

その後、博物館内で開催されていた『こだいの ふふっ展』を観ました。つまりは、埴輪(はにわ)展です。

『ふふっ』と笑っている埴輪が沢山展示されていました。地味に、埴輪に癒されます。埴輪って可愛んですよね。博物館の売店にミニチュア埴輪が販売されていましたので、4体買って帰りましたよ。(1体 250円)

はにわ

はにわ



弥生時代と縄文時代

最後に、弥生時代と縄文時代の違いについて博物館に掲示されていた情報をまとめてみます。

『弥生時代』という名称の由来は東京都文京区弥生で出土した土器が由来です。反して、『縄文時代』という名称の由来は、縄文の模様のある土器が由来になっています。縄文時代と呼ばれるようになったのは、この縄文土器が使い始めた時代を言いますが、弥生時代とは稲作が始まった時代をいいます。

弥生時代は2,400年前〜1,750年までの2,400年くらいを弥生時代としています。

弥生土器は、縄文土器とくらべて薄く、土器を焼いた温度が高く、堅い土器なのだそうです。縄文土器と比べて装飾が少なく、壺など、多くの器形があります。

庶民の生活は、狩猟や植物採集をしていた縄文時代に対し、弥生時代では稲作が新たに加わりました。さらに、この時代から、青銅や鉄などの金属製品を使うようになりました。

すごいですね。

また、戦争(争い)の無かった縄文時代に比べ、弥生時代には戦争はありました。この時代から、村(ムラ)という固まりから、国(クニ)という考え方が生まれました。

今の時代は、弥生時代から始まっているのですね。

また、余談ですが、縄文時代の人びとの顔は濃い顔立ちだったそうですが、弥生時代の人びとの顔は薄い顔なのだそうです。面白いですね。

ぜひ、みなさまも登呂遺跡で、可愛い埴輪に癒されてみてください。



<登呂遺跡>

オフィシャルサイト
静岡市 文化財課 登呂博物館
〒422-8033 静岡市駿河区登呂五丁目10番5号  電話:054-285-0476